Friday, 3 December 2010

節 日

信箱裏開始出現聖誕廣告了。


算算,也不過一個月,就到聖誕節了。

張敏儀大姐是聖誕節生日的,這天吃飯的時候順便跟她先道個生日快樂,因為今年十二月二十五日她不在香港。但她說太早了,不算數,要我在聖誕節那天打電話給她。也是的,現在長途電話太便宜,拿起來就打,不管天南地北,實在是應該打電話祝她生日快樂的。

聖誕節對你來說,除了放幾天假,還有甚麼意義呢?我就想不出了。

往年聖誕節我都會搞旅行團,一大班人出去度假,但今年一直在拍節目,好不容易聖誕節可以休息,就不作他想,好好休息一下,元旦再跟周寧和女兒找個地方玩幾天,度個假,便也到二○一一年了。

以前做報紙的時候,最不喜歡過節,行家聽了,一定有同感。做傳媒,愈是大時大節愈頭痛,人人都放假了,想找人做點內容都不容易。人人都放假了,自己卻一天假也放不了,回報館做得比平時還辛苦,心理總有些不平衡。

所以到現在,自由職業都做了十年了,依然對假期很淡然。如今的大時大節,也就是商家最高興,三月份開始賣粽子,六月份開始賣月餅,聖誕更不用提了,好像不讓你買點東西不像話。再接下去,又賣年糕。於是一年也如此過去了!真快,如果你日子好過的話。

李純恩

《頭條日報》專欄

3/dec/2010

Saturday, 27 November 2010

定 格

查先生做高齡學生,得了博士之後一直想請他吃頓飯,賀一賀。這天從上海回來,約在「留園雅叙」吃上海菜,同桌還有張敏儀、倪匡兄嫂,正好倪穗從美國回來,飯桌上又添了個熱鬧人。

吃飯前一天想起家裏有一張相片,是十八年前去日本旅行時照的。相片中四個男人,查先生、倪匡、蔡瀾和我,排排坐,個個笑得開懷。於是就將相片掃描了輸進 iPad,吃飯的時候帶給大家看。倪穗一看便大叫起來:爸爸,原來你那時這麼瘦的!時光荏苒,十八年前的照片上,我們四個人都是一頭烏髮,如今,可能我的頭髮最白。倪大哥說,他頭髮白過,但後來黑頭髮又長出來了,如今仍是一頭烏髮,只是體形膨脹了一倍。

朋友經常見,會看到各自容顏的漸變過程,但如果好久不見,腦子裏的形象便定在當年了。查先生說前些日子碰到一位百歲老人,老人家見了他很高興,拍着肩膀問:良鏞,今年三十幾了?查先生忙說我八十多了,但老人硬是不信,在她心目中,查良鏞不過三十多歲嘛!頓時就覺得那張照片珍貴了,一定要好好保存。說不定幾十年後,也有個老人家來拍我肩膀:純恩,今年三十幾了?


《蘋果日報》副刊

李純恩

27/nov/2010

Tuesday, 23 November 2010

牡丹亭驚艷

張敏儀從蘇州從上海從東京……追隨坂東玉三郎的崑劇及歌舞伎演出,回來讚不絕口,興奮之情比吃到她最投入的超班牛扒不遑多讓。啊!六十開外的男性,演個十六歲懷春杜麗娘姿容儀態無不感動……鄧達智你一定要看,你肯定會愛上坂東玉三郎!我一定會愛上?張大姐說了算;未曾親眼見歌舞伎女形大師演出,也非舞台粉絲,因為敏儀的話先信三分。

積累多年閱讀日本時裝雜誌經驗,坂東先生愛美,如非有關衣裝專訪便是出任模特兒演繹時裝特輯,溫文爾雅形象老早印象深刻。來了,終於來了,《牡丹亭》先後經歷京都、北京、蘇州、上海、世博、東京六大公演;尤其東京二十二場之後移師香港,跟張敏儀共戰突爾東突爾北追隨偶像演出的圖圖興奮跟我說:坂東大師積累以上多場演出,在香港的舞台上更顯圓熟。感謝敏儀,贈票教我得一回淋漓盡致舞台沐浴;名不虛傳,劇終眾人站立激掌歡呼,本來麻痹雙手拍至抽筋;台下兩個多小時舒服觀賞,台上演出那人精靈累積六十載,我們回應不過拍掌並歡呼聲,感謝!

不要說崑劇京劇,就是同聲同氣的粵劇,在下不過一知半解,另加身體痛疾精神不佳,入場前免不了擔心如何「捱」下去?人同此心,再累的人面對精采也曉生龍活虎生猛過來;如若相反再精神的人也會睡個人仰馬翻。我的擔憂純因害怕辜負贈票人。戲至〈離魂〉,本來打起十二把的精神終於放鬆隨坂東杜麗娘的 Flow共喜共愁。(許是坂本龍一山本耀司,落筆老誤將坂東作坂本。)購票三場的敏儀第二場當晚身繫約會也趕在〈離魂〉上台前匆匆入場,回不了自己位子也要站在人後密密細賞。杜麗娘離魂,我回魂;再沒用擔憂如何捱過這夜,只可惜時鐘過十一時,精選折子《牡丹亭》以及〈回生〉,心中狂喊演下去!演下去!不自覺已然進入粉絲團。



《蘋果日報》副刊

鄧達智

23/nov/2010

Sunday, 21 November 2010

不是普通的好

早已在錄影帶中見過他,也早已知道這位傳奇的藝術大師與梅蘭芳、梅葆玖幾乎是三代淵源情誼。他的祖父與梅蘭芳曾同台演出,而他也早在二十年前已特到北京向梅葆玖學習京劇「貴妃醉酒」,我曾觀賞過的錄影帶便是貴妃醉酒的片段,至於與崑曲的結緣,可謂一相逢便知道。

當他真的在葵青劇院舞台上一現身、一開腔,已是叫我驚艷莫名,那婀娜的身形,細巧有致的台步,瀟灑的水袖與獨特的唱腔,絲絲入扣的演出,的確令人嘆為觀止,台上的老行尊也相形見拙。

你能相信台上這個思春的大家閨秀麗人竟是一個六十餘歲的男子,而且是日本人嗎?神乎其技到不可思議了,難怪張敏儀、小思等原本似乎不算崑劇迷的,因為他而變成了最忠實的粉絲,跟隨他的演出行踪,飛東飛西,津津樂道,樂此不疲。的確不是普通的一個好字可以形容;可以說這一出牡丹亭如果不是坂東玉三郎,以服裝的拙劣,行頭的粗俗,各種劇中人的造型扮相都叫人搖頭嘆氣,太不經檢點了,舞台演出是群體的,怎麼叫我想起當年在台灣看歌仔戲的那種格調那種場面。

難為了那些演員;國家一級二級唱做功力非凡,但書生似壞鬼書生,杜母似大嬸,貼身的春香似一個普通小丫環,花神,道姑,尤其劇中的某些說白太低俗拉低了牡丹亭的格調。

只有一個杜麗娘,坂東玉三郎演出的,將她的哀怨,她的癡情,她的俏與柔,她的喜與悲,她的從生入死,又從死到生,這一段的奇幻情緣注入了他的體會、他的琢磨、他的心思、他的功力、 還有他唱腔中無人能及的特殊調子,杜麗娘因此而復活在舞台。



《蘋果副刊》

蔣芸

21/nov/2010

戲 緣

陸離真是太看得起我了,以為我喜歡崑劇,便到處尋幽訪勝,翻山越嶺深入不毛過戲癮─「不毛」沒有不敬的意思,純粹借用成語。以往古先生他們多次組團北上看戲,我都因為人在歐洲而沒有能夠隨行,事後團友眉飛色舞轉述入寶山的收穫,恨到牙癢癢。除了身不由己,其實我對集體旅行存有深深恐懼,敬而遠之可免則免─朋友本來就少,不希望因短暫的共同生活連寥寥可數的幾個也成了敵人。看戲當然講緣份,天時地利人和缺一不可,粗俗的都市人沒福氣坐在庭園聽名家的水磨調,於英文書院禮堂遇到台下的周雪峰一樣笑不攏嘴,珍惜份內的快樂,盡情享用手邊的冰淇淋。

南北各大崑劇院,只參觀過上海紹興路的一家,一次看學生週末專場演出,一次跟著仙姐拜會蔡正仁院長。五六年前到蘇州看《長生殿》,適逢陳春苗在崑劇院上課,可惜和他不熟,厚不起臉皮求他領我由後門混進去看練功拍曲─《鳳冠情事》有幾段實況紀錄,可以稍為滿足門外漢的好奇。進念一再和南京崑劇院合作,排《臨川四夢湯顯祖》那陣,還派K王陳浩峰去學丑角,我嚷著要胡恩威恩准探訪,結果也有頭冇尾─胡恩威成世人做過的唯一好事,是介紹老粉絲認識趙志剛。

和我最有戲緣的一個人,居然是張大姐敏儀。第一次見面在理工學院看《玉簪記》,之後蒙她贈票到蘇州看坂東的《牡丹亭》,翌日還去松鶴樓吃醉蟹。數星期前在台北看《霸王別姬》,中場休息撞個正著,上星期三去男拔聽張繼青講座,正和小思聊天,她又神奇地出現了。


《蘋果副刊》

邁克 

21/nov/2010 

Monday, 15 November 2010

第13回東京国際映画祭協賛企画

「香港映画祭」開催概要

開催日:2000年10月28日(土)~11月3日(金)

会場:渋谷東急(開催期間中1日のみBunkamuraオーチャードホール)

名義:主催 香港観光協会/香港特別行政区政府駐東京経済貿易代表部

共催(財)東京国際映像文化振興会/第13回東京国際映画祭組織委員会

協賛 各社

企画協力 (株)東急レクリエーション

日本未公開の最新作を中心に約16本を華やかなゲストを招いて上映。
上映作品予定:日本配給未定新作 5本(2回上映)/日本配給予定新作 5本(1回上映)配給未定旧作 3本(2回上映)/公開旧作 3本(1回上映)

(出演者)
香港映画祭実行委員長 張敏儀さん
香港観光協会会長 セリーナ・チャウさん
香港特別行政区政府 アンソン・チャンさん
ジングル・マ監督
スー・チー
イーキン・チェン
レスリー・チャン


(香港映画祭実行委員長 張敏儀さん)
ご来場の皆様に,香港映画祭を開催するにあたりご挨拶を申し上げます。
今回、全部で16本上映される香港映画作品を通じて、皆さまに香港の文化の豊かさ、多様性、香港の映画製作者の才能、創造性の一端をご覧頂ければ幸いです。
今日は、香港映画際に参加をするために香港からやって来ました映画監督・俳優・女優と、日本の皆様、映画ファンの皆様とこの経験を分かち合うということが出来ることにも感謝しております。

(香港観光協会会長 セリーナ・チャウさん)
皆さんこんにちわ。
以前は香港映画というとカンフーとアクション映画がよく知られていましたが、最近は皆様方も良くご存知のようにエレガントで非常に洗練されたラブストーリーや非常に芸術性の高い作品が登場し、たくさんの賞を獲得しています。香港には素晴らしい、映画にすれば美しい、そして又、ロマンティックな場所がいろいろとございます。そして映画製作に適した場所がございます。香港観光協会では以前日本の皆様方に、香港映画マップをお知らせしてございます。みなさんぜひお越しください。香港で会いましょう。

(ジングル・マ監督)
今回の映画のロケ地に東京を選んだのは、東京はとても進んだ街だし、僕の映画のストーリーに絶対合っていると思ったからです。今後、香港映画がよりいっそう国際化しまして、いろいろな国で上映されることを願っています。

(女優のスー・チーさん)
(日本の映画に出演する予定や今後の出演作は?という質問に答えて)実は既に日本の映画に1本出演しています。日本の映画ですが言葉は中国語です。現在は、北京で撮影をしていて「北京にある愛」という題名です。

(イーキン・チェンさん)
皆さんこんにちわ。
僕も日本映画にはぜひ出演したいと思っています。以前日本のコマーシャルに出演したことがありますが、ディレクターの方が素晴らしい方だったので、彼が映画を撮ることがあればぜひ出させてほしいです。この次の映画もジングル・マ監督の作品ですが、今度はあまりヒーロー的な映画ではないですが、期待して頂きたいと思います。

(司会者)
続いてはスーパースターの出演です。
レスリー・チャンさんです。
「流星」「戀戰沖繩」はチケット売り出しと同時に、売り切れになりましたが、この二本の映画の見所を教えてください。
(レスリー・チャンさん)
戻ってきて本当に嬉しく思っております。
皆様方のサポートのおかげです。本当に有難うございます。

(司会者)
俳優だけではなく、監督、若手の作品を育てるプロデューサーとしてご活躍、レスリー・チャンさんの映画環境での今後のプランをお聞かせ願いたいと思います。

(レスリー・チャンさん)
私はいろいろなことをしていきたいと思います。勿論プロデューサーとして、あるいは監督として、時にはスター俳優としてもやっていきたいと思います。それは本当に私、心からの本音です。と,申しますのは私、映画が大好きなんです。映画を作るのが大好きなんです。ですから映画が好きな監督になれると思います。

(香港特別行政区政府 アンソン・チャンさん)
今日は香港から有名な監督の作品と有名な方々がいらっしゃいます。本当に素晴らしいことだと思います。
香港映画祭で、皆様方が香港映画の素晴らしい作品をご覧頂きますと共に、豊かな感動とエンターティメントを与えて頂きたいと思います。この映画祭で、香港が開かれた、かつ、創造性のある所であるということをより強めてくれますよう願っております。
皆様方,今日は心から楽しんで頂きますように。

 
「香港映画祭」を開催
香港観光協会では香港特別行政区政府駐東京経済貿易代表部と共催で、10月28日(土)~11月5日(日)、第13回東京国際映画祭協賛企画として「香港映画祭」を開催。

ここ数年、様々な海外映画が日本国内で公開され、数々のヒット作が誕生しており、その中でも香港映画の人気は、確実なファンの支持を得て、不動のものとなっております。しかし、残念ながら日本での公開がままならない優れた香港映画の作品も数多く存在しております。

そこで、こうした優れた香港の映画を日本のファンに数多くご覧頂き、更なる香港映画ファンを育てるとともに、ひいては日本における香港映画のマーケットの拡大を目的として「香港映画祭」の開催を決定。「香港映画祭」は、最も親しみやすい文化のひとつである映画を通じ、香港と日本のすばらしい文化交流の場となるものと考えております。

昨年の東京国際映画祭では、「東京ファンタ」のオープニングデイに“香港ムービー・セレクション”が企画され、「カネボウ国際女性映画週間」では“メイベル・チャン特集”が組まれるなど香港映画が注目を集めました。今年の「香港映画祭」では、さらに多くの方々に香港映画を楽しんで頂くため、7日間におよぶ大きなスケールでより多くの作品を紹介hしました。

 
香港映画祭 オフィシャルWEBSITE
http://www.excite.co.jp/event/hongkong/




另:中文版本政府新聞稿,這裡。

Wednesday, 6 October 2010

張敏儀還原

張敏儀還原 —— (約瀚)岑建勳
1981年5月 《號 外》


「女強人」這名詞興起的時候﹐我不在香港 (luckily!)。

我亦沒有興趣去追查或追究為什麼這個如此愚蠢的名詞竟然會流行起來,但我實在忍不住要大叫﹕enough!

已經不知道從什麼時候開始﹐我總覺得一些「時髦女性」很碍眼﹐又說不出碍眼的地方在那裏。直至有一次在電視看到鄭裕玲蠻有信心。當正自己是 intellectual、時代新女性的代表那模樣時,我恍然大悟:now, that's why!

問題是那種勉力而為、力不從心、刻意經營、表面上大方實則小心翼翼的梅香儀態;我馬上打電話給鄧小宇,「我找到鄭裕玲 —— or one of those, for that matter —— 的毛病**根源了,是女強人這三個字害了她們!」


不用談「女強人」這名詞是怎樣大男人主義、竷居和 misleading﹐懂得看《號外》的人自然心中有數;可怕的地方是居然有人信到十,爭相模仿「女強人」應有 (?!) 的儀態舉動﹐拼命去自修、抄襲、惡補,以求搏得一句「女強人」的稱號,不知道那原來是一個騙局—— 假嘢。
尤其是在四台山 (或以前的五台山) 工作的女性更容易動不動就被人冠上「女強人」的雅號。從梁淑怡開始,孫郁標、吳慧萍、張敏儀、施南生、莫何敏儀等等一律或先或後成了娛樂版的「女強人」,冇得傾。
總之你是女人,在四台山做到監製級或以上的一律有成為「女強人」的危險。
無謂再問「究竟攪乜鬼」,香港人最愛人云亦云﹐言之無物不要緊﹐最緊要是「追上潮流」,「人有我有」。
Shit!
在這些四台山的女人之中﹐近來最引人矚目的當然是剛升任台長的張敏儀﹐第一個華人擔任《香港電台》台長的職位嘛﹐於是馬上報章又來了:女強人中的女強人!

似乎張敏儀更難洗脫這被人強加於身上的惡名,三十四歲,獨身,進入四台山以來一直扶搖直上,還有得賴?
張敏儀對「女強人」這稱號的態度和施南生一樣,不喜歡但 couldn't care less;人們愛怎樣說就怎樣,你能怎樣?
我卻獨自特別討厭,有天晚上在The Palm碰到敏儀,我便特地向她強調:「我們喜歡你因為你是一個很溫柔可愛的女人,很女人的女人,知道嗎?」敏儀嚇了一大跳,笑得很害羞。
然後隔了一天我打電話給陳冠中,問他《號外》對張敏儀的感覺:陳回答:beautiful﹗
於是我打電話給張敏儀﹐說《號外》要 explore 她作為一個女人的可愛地方,不談港台新政策新人事,只談談她自己;敏儀的答覆是意料中的:「唔好啩!唔好啦!求求你地啦!」
一個星期後我和張敏儀在The Palm吃飯,之前我告訴敏儀不和她做 interview,只是談天;即使如此我仍然感到她有點拘謹。這其實也是意料中事,敏儀或許是很能幹的傳播工作者 / 行政人員,但一涉及私人的內心感受,敏儀直情忸怩不安,很好玩。
「我是那種儘量不讓人看到內心感覺的人,我這方面很內向。反而在某些時候,譬如說在巴黎或者倫敦,或者任何一個地方,你會和一個陌不相識的人談一整天,傾訴一些你從來不曾告訴過任何人的內心秘密,而事後你可能永遠再見不到這個陌生人 ……但基本上我把自己的感覺收藏在心內。」
凝望著她,我插咀:「你這人其實很浪漫。」
「噢,是的,hopelessly romantic……」
「那麼告訴我你感到最浪漫的時刻是什麼時候?」
「這,這不能說的,怎樣說啊?……」我不發一言,歷年訪問的經驗告訴,你默不作聲,雙目圓瞪,被訪問者只有繼續說下去。「……或者這樣說罷,有很多浪漫的時刻,很難說出最浪漫是那一個;有時我自己神遊一番,也相當浪漫。甚至在會議進行中也試過突然感到有點浪漫,不過那可不是狹義上的浪漫 ……。一個人靜靜地看看書啦﹐《紅樓夢》我快要識背了。不要問這個問題了,好嗎?」
「好!那麼你告訴我﹐你究竟有什麼打算?我的意思是,你還有什麼野心?做了這麼多年,今天做到台長;你有想過日後自己的生活方式嗎?還是一直這樣的下去?」
「唔,你怎麼總是問這些難答的問題 ……?!其實我自己也不知道,我想我會轉的,但誰知道?個人來說我覺得自己是一個邊緣人;譬如說文化圈子我又涉及,電影圈又好像涉及,什麼社交活動又會到一到,但我都不屬於那裡。另外從前的朋友們不少已經相夫教子做其賢妻良母,我們間中碰碰頭,然而我卻又不是她們一份子 ……我是說﹐起碼現在還不想是她們的一份子。我只是在生活著,目前的生活方式對我來說還好,以後的轉變會是怎樣,我真的沒有 idea。
其實我也不知道為什麼自己會在一個有紀律性的機構做事,特別是政府機構更有紀律性;我讀書的時候最反斗,全《寶血》最反斗是我。讀大學時整天兩三個女孩隨街去,有時甚至晚上拿著酒瓶通街行,很沒有紀律。現在嗎,我覺得有責任保護一下自己的專業形象,收歛得多了。不過我亦樂意這樣做,我人很敬業,我認為每一個人都應該尊重自己的工作,respect,是很重要的。因此我並沒有因為要收歛自己而有壓迫感。」

對我來說,只要是出於自然,而自己又開心﹐這就已經足夠,我沒有理由因為討厭一些“懶”女強人款的女人,便希望見到張敏儀大癲大肺。當然﹐私下問,我喜歡看到敏儀害羞的樣子多過她一本正經地談公事一百九十倍:不過﹐想落又真的很難想像張敏儀害羞地和吳錫輝討論電台大計。
我仍然有些原則,我告訴敏儀我最不高興人家叫她做「大姐」,我覺得好像 de-humanize 了她;我知道這很主觀和 personal,但我就是這樣主觀和 personal。
有個在港台電視部工作過的朋友告訴我有時張敏儀罵人的樣子很兇。我說這有什麼稀奇,你還不曾給我罵過,樣子要兇惡十倍;你要從一個獨特的角度去認識一個人。之後不管那人怎樣處事對人,你只從自己認定的角度出發。至於張敏儀,我是只管認定她害羞的樣子,她兇猛嗎?我只會大笑一頓。
然後我絕不會叫她「大姐」,no way。張敏儀有兩個選擇:台長或者細路女。
**小宇按: 這兒我想是岺建勳回應我那篇《輪流轉聯想兩則》(收錄在影視評論欄內) 的副標題: What’s wrong with 鄭裕玲。

原文出自:鄧小宇的站借問
traced @ http://www.dengxiaoyu.net/News/View.asp?ID=647, on 6/oct/2010